男女関係の風俗は、古今東西ありました

男女関係の風俗は、古今東西ありました、 朝日新聞の誤報で、日本軍による韓国女性の強制連行はなかったということで、謝罪会見をしたというニュースは記憶に新しいですね。 韓国はそれでも軍による慰安婦制度があって、韓国の女性はその犠牲になったとし、日本に更なる風俗問題として謝罪と償いを要求をしているようです。 韓国での従軍慰安婦の事はさておいて、風俗というのは各国古今東西有ったものです。 日本もこれら男と女の特別な関係に関しては非常に鷹揚な国のようで、江戸時代には政府(幕府)公認の吉原遊郭がありました。 尤も、これにはそれなりの理由があって、徳川家康が江戸に幕府を開くと、多数の家臣団も江戸に入ったため、江戸の人口の男女比は圧倒的に男性が多かったとされ、そのような時代背景の中で江戸市中に遊女屋が点在し、それを幕府が吉原に纏めて営業を始めさせたのが起こりとされているらしいです。 これをキッカケに江戸市中へ連なる各街道の出入り口である、品川、板橋、千住などは幕府公認ではないが、幕府黙認の遊女街(宿場女、飯盛り女)の次第に出来上がっていったとされています。 この制度は、昭和の中頃までは、女が男に性を売り物にする風俗として認められてきたのです。 ところが昭和の中頃になって、法律で売春禁止法が出来て、公には売春行為が出来なくなったのです。 現在はそれらの名残として、法の網を上手に潜って(・・?)風俗業として、営業が行われています。 但し、極端な例としては時折取締がなされていますが、江戸当時の黙認と言う形で、存続はしているのです。 黙認している一つの理由として、完全に風俗を取り締まると性犯罪が到る所で多発する恐れがあるとしているのです。